トークイベント「事業者が語る被災地の今」斉吉商店
2013-03-19


新丸の内ビルで3月15日(金)まで開催していた連続トークイベント「事業者が語る被災地の今」の3月8日(金)のゲストは斉吉商店の斉藤和枝専務でした。

被災地では復興に向けて必死にやっているが故に疲れが出始めているというのと、これまで海の近くに戻るという事にこだわっていたけれどもそれは間違いだと気づいたという言葉が印象的でした。

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当時のことを思い出していましたが4月の初めにはミュージックセキュリティーズさんには気仙沼に来ていただいていました。
まだ倉庫を事務所兼住居としていた泥だらけのところでほっかぶりと長靴でどうやって再建しようかと考えているところに東京から何度も足を運んでいただき事業計画を作りました。
思えばあれが幸せの始まりでした。

斉吉商店は震災前から個人向け販売を半分くらいしつつ業務用を徐々に減らしていました。
お客様には田舎っぽい生活を喜んでもらえるとおぼろげながらに感じていました。

ファンドを通じて投資をしていただいた方とこんなに繋がりが持てて、まるで親戚のようになれました。
他のお客様も私たちのことをよく見てくださってオープンにすることでつながりが持てました。
これはファンドを通じて知ったこと。今ではそれを柱に考えるようになりました。

お客様は今や私たちの隣でものを言ってくれる存在です。
震災前はこんな世界があるなんて考えてもいませんでした。お客様と直接つながるビジネスモデルは農林水産省と経済産業省の国の認定事業にもなりました。
それにより専門の人を紹介してくださることになりました。

5月にファンドの説明会で東京に来ました。
泥だらけのパンプスを洗ったけれどもどんどん泥が出たのでそれで家を出ました。
それまでは長靴だったので気仙沼で靴を履くなんてと思いながら少し浮き上がる感じで。
キラキラした仙台の駅ビルで新しい靴を買って履き替えてから東京に来ました。
説明会では9月からの再開を皆さんに約束しました。その時期になるとさんまが来るから。

でも7月になっても仮設の工場は建たず役所の方も一生懸命やってくださっているもののどうしようもならない。当たってもダメな時はしょうが無いと社長と町の中をうろうろしていました。
どっかに工場はないかとうろついていた時に以前お世話になった水沢の会社にお願いすることを思いつき、タレをもってなんとか商品をOEMで生産して欲しいとお願いしに行きました。

そうしたらそんなに大事な商品なら自分たちで作れと言われて工場を貸していただくことに。
工場を借りるということは何かあっても工場のある会社の責任になるということ。そんな大事なことを迷惑はおかけしませんという紙一枚で請け負って下さった。

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